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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)506号 判決 1956年10月31日

控訴人 波多野実藏

被控訴人 静岡包装木箱株式会社

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同趣旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、次に記載する外は原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

〔控訴人の主張〕

「第一、本件立木所有権の帰属

被控訴人は本件立木の所有権を取得したことはなく、仮にこれを取得した事実があるとしてもこれを控訴人に対抗することはできないものである。

(一)  被控訴人が昭和二七年九月一〇日福嶋政吉に金九〇万円を交付し、同人はこれを中村喜太郎に支払つて、中村が念道部落から買受け更に福嶋に売渡した本件立木の売買代金の支払に充当したことは事実であらう。

しかし、被控訴人から福嶋に渡された右金九〇万円は福嶋に対する貸金であつて、本件立木を福嶋から更に買受けた、その買受代金ではない。このことは、福嶋の共同事業者であつて本件立木の販売面を担当していた寺尾千弥が、被控訴人に対する右立木売買のことを全然知らなかつたことから考えても明かである。従つて被控訴人から福嶋に右の九〇万円が渡されており、また右金員が福嶋の中村に対する本件立木の買受代金の支払に充てられているとしても、これは右立木の所有権の帰属には関係はない。

(二)  仮に被控訴人と福嶋間に本件立木の売買契約があり、右金九〇万円はその代金の支払として被控訴人から福嶋に交付されたものであるとしても、被控訴人はこれにより本件立木の所有権を取得したものではない。被控訴人の主張によれば福嶋と被控訴人間の右立木の売買契約は昭和二七年九月一七日にせられたものであり、右金九〇万円は同月一〇日その前払として交付せられたものというのであるが、右交付及び契約の当時においては、右立木の売買について被控訴人の前々主に当る前記中村において、念道部落に対する代金の支払未了のため、同人自身未だ本件立木の所有権を取得していなかつたものであるから、更にこれを福嶋を経て買受けた被控訴人がその所有権を取得するいわれはないのであり、結局福島が念道部落から本件立木の所有権を取得し、これを被控訴会社に引渡すべき債権契約が成立したというに過ぎない。そしてその後福嶋は同年一〇月二〇日中村の念道部落に対する売買残代金の支払をして本件立木の所有権を取得したのではあるが、右残代金は本来中村が福嶋から受取つた前記の九〇万円中からこれを支払うべき関係であつたのに、同人がこれを他に流用してその支払をしなかつたため、福嶋は右残代金の支払のため、控訴人から金五〇万円の出金を受けるの已むなきに至つたものであり、このため福嶋は念道部落から取得すべき本件立木を右金五〇万円で買戻約款附を以て控訴人に売渡し、その所有権を、同部落から取得すると同時に、直ちにこれを控訴人に移転したものであるから、被控訴人は遂に右立木の所有権を取得するの機会はなかつたというべきであり、仮にこれを取得したとしても、その時期は控訴人の取得の後である。

(三)  仮に本件立木を控訴人と被控訴人の双方が福嶋より買受けその所有権を取得したものとすれば、その何れが対抗要件を具備したかが問題である。そして本件においては、その何れにあつても明認方法の施されなかつたことは当事者間に争いのないところであるから、控訴人被控訴人共に相互に対抗し得ない所有権を有したものというべきである。しかしもし、これを被控訴人の主張のように、所有権取得の前後によつてその対抗力を決し、先取得者の対抗力を認むべきものとすれば、控訴人こそその所有権取得を被控訴人に対抗し得るものと解すべきこと、前主張の事実関係から考え明かであらう。また本件発生の綾部市地方の慣習としては、立木売買について明認方法を講ずることは全然なく、その権利を立証する書面(本件については乙第一号証の二)の授受及び立木の占有移転によつて対抗要件としている。控訴人は右乙第一号証の二の書面の交付を受けているのは勿論、本件立木の占有関係についても、念道部落における取引、即ち福嶋が念道部落に残代金の支払をして立木の所有権を取得し、これを控訴人に移転した直後、現地を検証して占有しているものであるが、被控訴会社はその後、同年一一月初旬に初めて現地に行つたにすぎない。従つて被控訴会社は占有についても控訴人の占有より遥かに後であつて、控訴人に対抗すべき要件を具備していない。福嶋が被控訴会社の代理人であつたことは控訴人の認めないところであるが、仮にそうであつたとしても、同人が現地に立入つたのも同年一一月初旬のことであつて控訴人より後であり、かつ同人の本件立木の伐採は占有者たる控訴人の承諾を得てなされたものである。従つて仮に被控訴会社が本件立木の所有権を取得した事実があるにしても、これを第三者に対抗すべき要件を具備せず、従つてその所有権を以て控訴人に対抗することはできないものである。

第二、伐採木の所有権の帰属

控訴人は前記のように本件立木の所有権を取得したものであるから、当然その伐採木の所有権をも取得するものであるが、今仮に立木所有権の帰属を論外としも、控訴人は本件伐採木の所有権を取得したものである。即ち福嶋は乙第一号証の一の買戻約款附売買の趣旨を確認して、控訴人との間に甲第三号証の公正証書を作成し、当時既に伐採せられて動産となつていた本件伐採木につき、控訴人に対する債務の譲渡担保としてその所有権を控訴人に移転すると共に、その占有をも控訴人に移転したのである。

そして控訴人は被控訴人が本件立木並に伐採木につき関係のあることは当時全然これを知らず、またこれを知らざるにつき何等の過失もなかつたものであるから、仮に本件伐採木が被控訴人の所有であつたとしても、控訴人は民法第一九二条によりその所有権を取得したものというべきである。福嶋は本件立木を控訴人と被控訴人との双方に二重売買した関係か、控訴人には被控訴人との関係を極力匿しており、現地では当初から最後まで被控訴会社の名を口にしたことすらなく、被控訴会社のことが話題に上つたのは、漸く昭和二八年二月二日控訴人が静岡まで行つて福嶋に最後の交渉をした際のことであり、しかもこの際においても福嶋の言は曖昧であつて事実が不明であつたため、控訴人は「被控訴会社に行つて事実を質してみようか」といつたが、福嶋がこれを好まなかつたので同人の体面を重んじてそのまま帰つたものであつて、控訴人が福嶋と被控訴人間の本件立木に関する契約のことを知つたのは、同年一〇月被控訴会社の望月栄太郎が綾部に来て本件交渉をした時が初めであり、本件伐採木を和田茂七に売却してより八ケ月の後である。しかもこの福嶋と被控訴人との関係は、福嶋や被控訴人と同じく静岡の人であり、本件立木について福嶋と共同事業者の関係にあつた前記寺尾ですらこれを知らなかつたのである(この事実は、前記昭和二八年二月二日の控訴人と福嶋との会談の際、これに立会していた寺尾が福嶋の買戻不能を察知して、翌三月再度に亘つて控訴人に右伐採木買受の交渉をしている事実から明かである)から、遠隔の地にある控訴人がこれを知らなかつたのは固より当然のことであつて、控訴人には右善意について何等の過失もないのである。

第三、被控訴会社に損害なし

右主張の通り本件伐木の所有権は控訴人に帰属し被控訴人に帰属したものではないのであるが、仮に百歩を譲つて右伐木が被控訴人の所有となつたとしても、被控訴人は昭和二八年一〇月三〇日右伐木の所有権を抛棄したものであつて、従つて控訴人の右伐木の売却によつて何等の損害を蒙るものではない。即ち被控訴人より福嶋へ、福嶋より中村に順次交付せられた前記の九〇万円は、その内金五五四、四八〇円が当然中村から念道部落に支払われなければならないものであつたが、中村はこれを他の家屋買受資金等に流用して念道部落に対する立木買受残代金の支払に充てなかつたため、福嶋は右立木所有権の取得のため控訴人から出金を受けた金五〇万円等を自ら部落に支払うの已むなきに至つたものであつて、福嶋引いては被控訴人は、右中村の行為によつて損害を蒙るに至つたものであり、被控訴人は福嶋を通じて中村に右損害填補の交渉をし、その結果昭和二八年一〇月三〇日右中村買受家屋を被控訴人が譲受けて損害の填補に充て、同時に本件伐木に対する所有権はこれを抛棄したものである。従つて被控訴会社は控訴人の本件伐木の売却により何等の損害も蒙らないのであり、また事実その出捐金員に対する賠償は十分これを受けているものであつて、本訴請求は右損害填補の事実を秘しつつ二重の賠償を求めんとする不当な請求である。」

〔被控訴人の主張〕

「第一、本件立木所有権の帰属

被控訴人は本件立木の所有権を福嶋政吉を経て取得したものであり、かつ右所有権取得を控訴人に対抗することができるものである。

(一)  被控訴人は昭和二七年九月一〇日、中村喜太郎が念道部落より買受け更にこれを福嶋政吉に売却した本件立木の買受資金として金九〇万円を右福嶋に交付したものであり、右金員は一応福嶋の事業資金の形式で出金したものではあるが、実は福嶋より被控訴人に対る右立木に対する権利譲渡の内約の上に交付せられたものであり、後に同月一七日にせられた本件立木譲渡契約の代金の前渡として支払われたもので、決して被控訴人から福嶋に対する消費貸借上の貸金として、その交付がせられたものではない。この点に関する控訴人の主張は事実を誤つた不当な主張である。

(二)  被控訴人が福嶋から本件立木に関する権利を譲受け、また福嶋にその譲受代金の支払をした当時においては、福嶋の前主である中村喜太郎において、念道部落に対する右立木の買受代金を完済しておらず、中村自身においてもその所有権を取得していなかつたものであつて、従つて同人から福嶋を経て右立木に関する権利を譲受けた被控訴人も、右代金の支払及び譲渡契約の当時においては直ちに本件立木の所有権を取得したものでないことはこれを認める。

また福嶋が中村の念道部落に対する売買残代金の支払をして本件立木の所有権を取得したのが漸く同年一〇月二〇日のことであつたこともこれを認める。しかし被控訴人が同年九月一七日に福嶋との間で結んだ本件立木に関する権利の譲受契約では、福嶋が右立木の所有権を取得すると同時にこれを被控訴人に移転する旨の合意がせられ、爾後福嶋は被控訴人の代理人として右立木を管理し、かつその伐採をすべきことが約されていたのであるから、被控訴人は右昭和二七年一〇月二〇日、福嶋が本件立木の所有権を取得すると同時に右所有権を取得したものである。従つて仮に控訴人が福嶋から本件立木の所有権を取得した事実があるとしても、それは時期的にいえば、被控訴人のそれより後であるといわなければならない。

(三)  従つて仮に控訴人が福嶋から本件立木の所有権を譲渡せられたとすれば、福嶋は被控訴人と控訴人との双方に二重に右立木の譲渡をしたものであり、しかも右各譲渡についてはいずれも明認方法は施されなかつたものであつて、かかる場合には後の譲受人は先の譲受人に対しその所有権を対抗することはできないものと解するのを相当とするから、たとえ綾部地方においては、控訴人主張の通り、明認方法のないのが慣習であるとしても、第一の譲受人である被控訴人の所有権が第二の譲受人たる控訴人のそれに優先するの道理を如何ともすることはできない。すべて登記なき立木の所有権の対抗力は、占有の前後によらず、明認方法の有無によつて定まるべきものであることは判例によつて決定されており、たとえ如何なる慣習が存在しても、占有の前後により所有権の対抗力を決定することのできないことはいうまでもない。

第二、伐採木の所有権の帰属

仮に福嶋と控訴人との間に本件伐採木につき甲第三号証の譲渡担保契約が締結せられたとしても、既に立木の時代において、第一の譲受人たる被控訴人が第二の譲受人たる控訴人に優先してその所有権を取得している以上、その伐採木を控訴人が買受けても、当然にはその所有権を取得することのできないことは言をまたないところであり、右伐採木の所有権が控訴人に帰属するためには民法第一九二条の即時取得によるの外はないものである。然るに右伐採木の占有が控訴人に引渡されたとの具体的事実はなく、また同条による即時取得の対象たる動産は、原始取得の動産を含まないものであるからこの点に関する控訴人の主張は失当である。殊に仮に具体的に占有移転の事実があつたとしても、福嶋が控訴人のための代理占有者でない本件において控訴人の即時取得のありよう筈がなくまた仮に福嶋が控訴人のために代理占有したとしても、福嶋が善意無過失でないと認められる本件では、この意味においても控訴人には即時取得の要件が欠けているものである。

第三、損害の填補について

中村喜太郎が福嶋から受取つた金九〇万円中五五四、四八〇円を念道部落に支払わず、ために福嶋が蒙つた損害につき福嶋から中村に交渉の結果、昭和二八年一〇月三〇日右金員を流用して中村が買受けた土地家屋を福嶋が取得し、これを更に被控訴訴人に譲渡した事実のあることはこれを認めるが、右は被控訴人が控訴人から本件損害の賠償を得られなかつた場合の担保としたに過ぎないのであり、これがため控訴人が被控訴人に与えた本件不法行為上の損害賠償義務が消滅すべきいわれはない。」

<証拠省略>

理由

本件立木が綾部市念道部落所有山林の立木(正確にいえば、京都府何鹿郡中上林村念道、小山両部落民中の六九名共有の同村大字大谷小字山生谷三番地の内オトケ谷山林生立の立木)であること、念道部落(正確にいえば、右共有山林の管理者である右念道、小山両部落で設立している第一区自治体の代表者区長)がこれを入札に附して代金完済の上で所有権を移転する約定の下にこれを中村喜太郎に売却したこと、同人は同部落に対し右売買代金の一部を支払つたのみで全額の支払をしていなかつたこと、これがため福嶋政吉が部落の阻止に会つて立木の伐採搬出ができなかつたこと、同人が部落に対し残代金の支払をした上で立木の伐採に着手し、被控訴人主張の頃に全部の伐採を終つたこと、控訴人が福嶋との間に被控訴人主張の日その主張のような譲渡担保契約をし、その後右約定により本件採伐木の所有権を取得したものとしてその主張の頃これを代金一〇〇万円で善意無過失の和田茂七に売渡たしたこと、並に右伐採前の本件立木の売買にあつてはその何人に対するものについても明認方法の講ぜられた事実のないことはいずれも当事者間に争いのないところであり、成立に争いのない甲第三号証、証人福嶋政吉の原審証言により成立を認める同第一、二号証、当審証人寺尾千弥の証言により成立を認める乙第一号証の一、証人小林五郎、温井甚兵衛の原審並に当審証言により成立を認める同号証の二、右証人二名の当審証言により成立を認める同第二号証、控訴本人の当審供述により成立を認める同第三、第五号証、証人福嶋政吉の原審証言により成立を認める同第四号証に原審証人中村喜太郎、和田茂七、当審証人寺尾千弥、渡辺康次郎、原審並に当審証人小林五郎、温井甚兵衛、望月栄太郎の各証言、控訴本人の当審供述及び原審並に当審証人福嶋政吉の証言の一部を総合すれば次の事実が認められる。

即ち、中村喜太郎は昭和二七年八月二八日前記部落から右立木(杉檜材)を同山林内に存した間伐材を含めて代金九三〇、六〇〇円で買受け、内金一八六、一二〇円を同日支払い、残金七四四、四八〇円を同年九月三〇日限り支払つて右立木等の所有権の移転を受けることとなつた。そして同人は右間伐材については同年九月二八日金一九万円を部落に支払つて別途にその引渡を受けたが、本件立木は同月一〇日これを福嶋政吉に代金九〇万円で売渡して同日右金員を受領し、右金員中から部落に対する残代金の支払を了して部落から右立木に対する所有権を取得しこれを福嶋に移転することを約した。ところが福嶋は、中村に交付の右金九〇万円には被控訴会社からその出金を受けた関係上、同月一七日福嶋と中村との右売買契約上の権利一切をそのまま被控訴会社に譲渡し、被控訴会社の依頼を受けて右立木の伐採搬出等の事務に従事することとなつた。然るに中村は福嶋から受領の前記金員はこれを他に流用して念道部落に対する残代金の支払をしなかつたため、部落から立木所有権を取得してこれを福嶋に移転することができず、福嶋に対する義務不履行の問題を生じたが、この問題は別途にこれを解決することとし、ともかく右立木については同年一〇月一三日頃福嶋と中村及び念道部落の三者で協議の上、福嶋が中村の念道部落に対する売買契約上の地位を譲受け、同日残代金の内金五万円を福嶋から念道部落に支払い、なおその残金は同月二〇日まで猶予を受けて同日その支払をすることとなつた。そして福嶋は右残金中の金五〇万円の出金を控訴人に求めて折衝の結果、同月二〇日控訴人に対し、念道部落より取得すべき右立木の代金を五〇万円とし、同年一一月一九日までに右代金及び利息諸経費を返還すればその買戻をなし得る特約附で売渡し、即日控訴人から右代金五〇万円を受領しこれに自己の所持金を加えて残金五〇四、四八〇円全額を念道部落に支払い、同部落から福嶋宛の本件立木の売渡証である乙第一号証の二の交付を受けて右立木の所有権を取得するに至つた。そして右残金の支払には控訴人も立会つていたので、右乙第一号証の二は福嶋より直ちに控訴人に交付されたが、福嶋は一方ではまた前記の通り、本件立木に関する権利一切を被控訴人に譲渡しており、被控訴人の代理人としてその伐採搬出の任に当ることを約していたので、その後同年一一月中から一二月にかけて、一方では被控訴人の代理人として被控訴人から伐採搬出の費用を受けつつ、また他方では前記の控訴人との関係上、特に控訴人からもその許可を受けて控訴人の所有物として右立木の伐採をし、控訴人に対する右買戻金はその間中村よりの賠償を得てその支払を了し、控訴人との間を解決して伐採木はこれを被控訴人に引渡すことによつて両者との間を円満に解決する予定であつたが、中村よりの賠償が意の如くならず(賠償そのものは受けることができたが、時期的に控訴人との間の解決には間に合わず)、遂に同年一二月三〇日に至つて控訴人との間に、前記の買戻約款附売買契約の趣旨を確認するの意味において、右伐採木につき甲第三号証の譲渡担保契約を締結し、福嶋は控訴人に対し前記の五〇万円に利息等を加えた合計金六七三、一六〇円の債務を負担することを承認し、その弁済期を昭和二八年一月三一日と定め、右債務の担保として前記の伐採木を控訴人に信託譲渡し、内外部ともその所有権を控訴人に移転し、かつその引渡を了したることとし、福島において右債務を履行しないときは控訴人は右伐採木を代物弁済に充当し、若くは任意にこれを処分しその売得金を以て右債務の弁済に充当するとも福嶋において異議なき旨を約したものである。そしてその後福嶋は右約定の期間内に右債務の履行をすることができなかつたため、控訴人は昭和二八年二月一七日附その頃福嶋に到達の内容証明郵便を以て右代物弁済予約完結の意思表示をすると共に、なお福嶋に右伐採木買戻の機会を与えその買戻を待つたが、その最後の期間である同年三月九日に至るも福嶋は遂にこれが買戻をすることができず、ために控訴人はその後前認定のように右伐採木を和田茂七に代金一〇〇万円を以て売却してその処分を了したものである。

かように認定することができるのであつて、原審並に当審証人福嶋政吉の証言中には右認定に反する部分もないではないが、これは右証人の証言以外の前掲各証拠と対比して輙く信用できないところであり、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

以上の事実関係の上に立つて果して控訴人の右伐木売却の行為が被控訴人の所有権を侵害する不法行為を構成するか否かについて検討するのに、右事実関係からすれば福嶋政吉は念道部落から買受けた本件立木を、被控訴人と控訴人との双方に、いずれも念道部落からの所有権取得前に、二重にこれを売却したものであつて、本件両当事者は、福嶋が念道部落から右立木の所有権を取得するや、ともに同時に双方ともその所有権を取得したものと解するのが相当であつて、結局両者の間はそのいずれが先にその対抗要件を具えたかによりその優劣を決すべきであるが、右両者共明認方法によりその対抗要件を具えたものでないことは当事者間に争いのないこと前記の通りである。被控訴人は右のような二重売買の場合で両者共対抗要件たる明認方法を具えない場合は、先の譲受人が後の譲受人に優先し、後の譲受人は先の譲受人に所有権を対抗することはできない趣旨の主張をするが、本件両当事者にあつては、その各所有権取得に前後の区別をつけ難いこと前記の通りであるだけでなく、右のような場合に所有権取得の前後を以てその対抗力を決すべきものとも解することはできないので右被控訴人の主張は失当である。また控訴人は本件発生の綾部市地方の慣習としては、立木売買について明認方法を講ずることは全然なく、その権利を立証する書面(本件にあつては前示乙第一号証の二)の授受及び立木の占有移転によつて対抗要件としている旨の主張をする。しかし同地方に右趣旨の慣習の存することについては何等これを認むべき証拠もなく、また仮に事実上かかる慣習があつたとしても、右慣習上の対抗要件を直ちに立木法によらない立木取引の対抗要件として法律的に認めることはできないものと解するのを相当とするので、右控訴人の主張また排斥を免れない。そうすれば結局本件立木については、被控訴人も控訴人もともにその所有権を取得したがいずれもその対抗要件を具えなかつたものであつて、相互にその所有権を対抗し得ない関係にあつたものと認めなければならない。そしてその後福嶋は右立木を伐採し全部動産たる伐木としたことは前認定の通りであるが、右の伐採も、福嶋は、被控訴人との関係では被控訴人の代理人として、また控訴人との間では控訴人の許しを得て控訴人の所有物としてその伐採のことに当つたものであること前認定の通りである本件にあつては、右伐採によつて動産となつた伐木の所有権も結局は控訴人と被控訴人との双方に帰属したものと解すべきであり、しかもその相互の間では依然として相互にその所有権を対抗し得ない関係にあつたものと解するの外はないのである。そしてその他に被控訴人が右伐本所有権の取得を控訴人に対抗し得べき要件を具えたことについては何等の主張も立証もない。

そうすれば右伐木を控訴人が他に売却して、これに対する被控訴人の所有権を喪失せしめたからといつて、被控訴人が控訴人に対して右所有権を対抗することができない以上、控訴人が被控訴人の右所有権取得の事実を知ると否と、またこれを知らざるにつき過失があると否とを問わず、被控訴人から控訴人に右所有権喪失による損害の賠償を求めることのできないことは明かであつて、その賠償金の支払を求める被控訴人の本訴請求は、他の争点に対する判断をするまでもなく失当であり、到底排斥を免れない。

なお前認定の事実関係から更にその後の法律関係を考えれば、控訴人も右認定の通り本件立木及び伐採木の所有権を取得しながらも、その所有権を被控訴人に対抗し得ない関係にあつたものであるが、その後福嶋から前認定の譲渡担保契約により右伐採木の所有権を移転せられ(この移転は前の移転と重複し、結局前の移転を確認したものとみるべきであらう)、同時にその占有の移転(この占有の移転は右譲渡担保契約における意思表示を以てその移転がせられているのであるが、本件のように立木が現地において伐採せられてその場に放置せられている状態にあり、譲受人において何時でも現地につき現実の支配を為し得る場合にあつては、右のような意思表示を以て現実の引渡があつたものと認めて差支えがないであろう)を受け現実にその占有をすることとなつたのであり、従つてこの時から右伐採木の所有権取得を被控訴人にも対抗し得るに至つたものと解するのが相当であつて、この意味からすれば控訴人の本件伐採木の売却は、正に所有権を以て被控訴人に対抗し得る自己の所有物を任意他に売却したにすぎないもので、この売却によつて被控訴人の所有権を侵害すべきいわれは毫もないのであり、これを不法行為としてその損害の賠償を求める被控訴人の本訴請求は益々その理由なきに帰着するのである。

よつて爾余の争点に対する判断はこれを省略し、右と反対の趣旨に出て被控訴人の請求を認容した原判決を不当とし、民事訴訟法第三八六条によりこれを取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第八九条、第九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 薄根正男 奥野利一 山下朝一)

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